あたしたちは大人の女

そんなわけで、酔っ払った時の与太話、酒場の会話をテーマにブログを書きます。

あたしたちにとって、望むもの何にでもなれる時代は終わった。

今から医者にはなれないし、宇宙飛行士にもなれない。可能性はゼロではないけどね。

もっと小さな目線で言えば、クラブでガンガン踊ったり、毎週パーティを開いたり、所謂丁寧な生活をして花と動物たちと暮らすことだってできない。
パリピなんかもってのほか。
ノンケにだってなれない。

仮になれたとして、それは宇宙飛行士を目指すようなもの。
マリオカートで7位くらいなのに、1位を目指すようなもの。はじめからノンケの人は1位から6位くらいまでいるんだもの。
仮にノンケになったとして、せいぜい5位のノンケになれるくらい。
そんなノンケにわざわざなりたい?

あたしたちにできることは、今の延長線上で、どうなりたいか、どんな自分になれたら素敵か、どんな人物になることを求められているのか、考えて実行すること。

オネェ口調だってつい出ちゃうし、悪口も言っちゃう。笑う時は口に手をあてるし、バッグを持つときに脇が閉まっちゃう。

それもこれも全部「完成したあたしたち」と思うか、まだ改良の余地、進化する可能性があると思うか。

私は「誰かのお兄さん」になりたいと常々思ってる。それくらいならなれると思うし、自分にとっても得だろうし。
(弟みたいな男の子とエッチなことがしたいのよ!)

付かず離れずだけど、ちょいと心配ごとがあれば相談しやすい。なかなか信用ならないけど、いざという時は頼りになる。上から目線で物を言うけど、人の悩みには真摯に向かい合う。エロいことが好きで良く下ネタを言うけど、ほんとにスケベなことをする時はぎこちなくなる。お兄さんでありお姉さんでもあり、たまに弟とか妹だったりする。よく笑うしよく悪口を言う。

あたしたちが思い描く「なりたい自分」は、手が届くもの。
手が届く/届かないの見切りはさっさとつけて、できることから変わっていくしかない。

今の自分がいくら楽でも、それを維持し続けることは、改良の余地がない自分を認めないだけ。
変わろうとすることが怖かったり、違う誰かになる楽しさが掴めなかったり。

色々理由はあるけれど、まずは朝、シャワーを浴びて歯を磨く順番を変えてみて。
それだけで他人の人生を歩いてるような気になれるわよ。