あたしたちの怒り(ネタバレ)
もう嫌なことが多すぎて、とっとと死んでしまいたくなるような日々。
世の中には生きたくても生きられない人もいる、っていうのは常套句だけど、その人たちとあたしたちは住んでる環境が違うのだから、比べたからってなんの意味もない。
なんだかなーー。
ドロップアウトして、細々と生きていきたいよ。
それもできないのは臆病だということなのかもしれないけど、色んなことの板挟みで、ここで息を吸ってるのがただただ苦痛。
という話は置いておいて。(8割方言ってしまったけれど)
映画「怒り」を見てきました。
彼氏と一緒に見るような映画じゃねーだろ、と思いつつ、邦画を映画館のスクリーンで見て何が面白いの?とぶーたれつつ、まぁなんだかんだ言って、見てよかったと思います。
でもやっぱ、邦画ってイマイチ好きになれないな。
監督がナントカカントカさんだから、邦画の括りに入れていいのかもわかんないけど。
むーーん。
まぁ、ぶっきーの「ホモのコスプレ」はよかったよね。なんかピチピチした服着てさ。親の墓参りなのにシャツのボタン3つくらいあけて。
いわゆるシャイニーゲイの役で、これまでの同性愛者っていうと、主役として扱われても、悲劇だったり儚げだったり、夢の存在のような扱われ方だったけれど、実際にゲイが(そしてゲイに限らずに全ての人が直面しうる)問題を取り扱っていて、よかったよね。
ただ、良くない言い方をすれば30過ぎて、親を看取るというのは、それはそれで幸福なのかもしれないよね。
介護の問題とか、あるし。。
(まぁ、未だに親の脛をちょいちょいかじってしまう私としては、親に死なれたらとても困るのだけれど。)
あとは、そうねぇ。。
愛子ちゃんね。
ぶっちゃけ、愛子の演技がなければこの映画は完成しなかったのではないか、というほどの威力で、あのシーンはあたし、めちゃめちゃ泣きました。
愛子がこんなだから、疑っちょるんだろう??
みたいなやつ。
あー、わかる、って思ってしまった。
人間、誰しもが自分が優秀で完璧だとは思ってない。不完全なところもあれば、人より劣っていたり、卑屈に感じるところもある。
そういう、心の隙をつまびらかにするような、素敵なシーンでしたね。
怒りというテーマも、それぞれに盛り込まれていて。
犯人は、自分は侮辱されているのではないか、見下されて憐れまれるような人間じゃないのに!という怒りをトリガーに自分を抑えられなくなって。
愛子ちゃんは、自分が愛した男に裏切られてしまった、しかも家出して風俗で稼いだお金まで持っていかれてしまって、どこにも誰にもぶつけられないような怒りを、ただただしやくり上げるだけで表現しててよかったよね。
最終的にここだけハッピーエンドになるのは「愛子ちゃんがそんなんだから幸せになれないわけじゃないんだよ」という、脚本の許し、みたいなのもあるんだろうなと思います。傲慢だけどね。
広瀬すずのところは、ちょっと割愛。。というか、本当はこの映画の主軸はここにあるんだろうけれど、あたしたちにとって、あまりにも身近な社会問題なものだから、映画の感想、として話してしまうのは憚られるわよね。
カルピスとかガーナとかマッチとか、順当に「清純派路線」で来ていた広瀬すずが、この映画で体当たりの演技をしたことや、社会問題を題材にしていることは、キャリアプランを考えてくれるいい大人が周りにいるのか、本当に演技が好きで女優として生きていきたいんだな、というのが強く感じられましたね(天から目線)
愛子ちゃんが脚本の許しを得て、幸せと安穏の世界に戻ったのとは対照的に、広瀬すずは、大海に放り出されます。脚本は広瀬すずにとっては残酷です。
泣いて叫んでもそれも全部ひっくるめて波の音にかき消されてしまう自然の雄大さは、厳しくもあり、傷をちっぽけなものに感じさせる慈しみもあり、なのかしらね。と思ったけれど。
でも、ハッピーエンドにもバッドエンドにも落ち着かないこのテーマこそが、今現在日本で大きく扱われなければいけない社会問題なのかしら、とも思いました。
米軍基地に反対しているのは本土の人間ばかりで、しかも実際には日当も配られていてアルバイト感覚で行われている、なんて話もあるけれど、日本という国が、これまでのように外交でだけで世界と共存できるのか、っていうのは、考えていかないといけないですよね。
(だって、特に日本が外交に秀でているとは到底思えないんだもの。)
はい、怒りの話に戻ります。
ぶっきーは、ぶっちゃけ箸休めというか、「顔も知らない素性も知らないってあと何がある?」みたいなノリで決められたんじゃないかなと邪推してしまうくらい、薄いというか、あまり、怒りを感じられない静かな怒りでした。
怒りというよりは、悲しみとか虚しみといった感じよね。
別にこれは、ぶっきーじゃなくても、女と男でもよかったかもしれない(愛子ちゃんと被るけれど)
エロいシーンが多くて、綾野剛の下半身が白ムチで美味しそうで、ぶっきーのホモのコスプレがエロくて、よかったんだけれど、まぁ私自身がゲイの当事者として、身近過ぎて何にも思えないのか、突拍子もなく綾野剛が死んでしまって「そんなのアリ?!」で終わってしまいましたね。
ぶっきーが中目黒の街中で泣くシーンも、「あーんぶっきーかわいい」みたいな、なんというか、ここだけ脚本がよくある邦画になってしまっていて、変な言い方をすると残念というか。。
残念って思ったのは、別個あって。
この映画は三箇所の地域(Tokyo、港町、沖縄)を舞台にして、それぞれに主役、相手役、キーパーソンがいるわけなんだけれど、これだけそれぞれの舞台に話が交わらずに「怒り」という抽象的なテーマだけで繋がっているようで、群像劇というよりは、ショートフィルムを3本まとめて、「ぶっきーがエロいから、沖縄の基地問題についても考えてよ」と暗に言われているような気持ちにもなりました。
もちろん、その目論見があるのであれば大成功。
そういう目線で見ると、マーケティングはちゃっかりなされているのかなという気にもなりますよね。
サスペンスで、宮崎あおいと渡辺謙の実力派の鬼気迫る演技があって、ぶっきーと綾野剛がイチャイチャして、広瀬すずがアイドル女優から一歩抜き出て、その裏には深刻な社会問題も取り扱われている、と。
ただそれでもラブ・アクチュアリー的な群像劇を面白いと思ってしまう私としては、もっと各々で小さい設定を繋げて「遊び心」みたいなのが欲しいような気がしました。そういうのも「いや、テーマがテーマだけに」となってしまえばしょうがないんだろうけどね。。
真犯人が××だというのも、わかる、わかるよ!それ!って気もするけど、なんかもっと捻らないの?と思ったのも事実で。
要は、みんな真剣に生きているのにそれを天から目線でせせら笑っているような連中が「人殺し」であり「悪」であり「怒り」なんだよ、ってことなんだけれど。
いやー、そうね。
期待を裏切られた、という気もするし、期待通りだったという気もする。
愛子ちゃんの「愛子がこんなだから、疑ってるんじゃろ?」がなかったらただの重たいだけの映画だったし、もっとぶっきーと綾野剛がエロいことをして欲しい映画だったな。
綾野剛が中目黒で女と会っているのを目撃されて、ぶっきーが憤慨するシーンがあってね。
あたしたちの素晴らしい脳内補強ストーリーとしては、
怒ったぶっきーが綾野剛に「しゃぶれよ」とか言って、乱暴に扱って、綾野剛が後で「もっと俺を大事にして」って顔も見ないでちょっとさみしい顔をするシーン
がありましてな。脳内でな。
そこが非常によかったです。