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あたしたちの激情

なにやら、うっかり軽口を叩いてしまったようで、やんわり謝ってケムにまこうとしたのですが、どうやら他にも思う所はあったらしく。

「一晩考えた結果、俺はお前を甘やかし過ぎた。社会復帰できないんじゃないかと心配だから、これからは接し方を考えさせてもらう。詳しい話は会った時に。」

とLINEが来た。

 

LINEでギスギスするなんて。

電話でもメールでもmixiでもなく、LINEですよ。時代はLINEです。

 

時代に、追いつけない。。

(9年間彼氏がおらず、当時はSNSがこんなに発達していなかった。)

 

言われなくても、週に4回は会ってるのに、

「会った時に話すから覚悟しろよ」と前置きをされるということは、どういうことかしらと。

別れるのかしら?

 

クリスマス前に別れるのは、少なくないのよね。

 

「あたし、恋人はできたけど、本当にこれでいいのかしら?」と、クリスマスという強大なイベントを前にして怯んでしまう現象。

クリスマスまでに彼氏が欲しいの〜なんて言ってる輩に多く見られますね。それで決まってクリスマスは独り身の友達と「やっぱり恋人が欲しい〜〜」とか言いだしちゃうやつ。

 

あたしたちは病気を盾にして逃げるように退職をしたので、

「甘え」「社会復帰」「心配」「接し方」と散りばめられた単語に対して、気が滅入るというか、やっぱりな、というか、卑屈な感情がマシマシになってしまうのです。

理解なんてしてもらえると思ってないけど、なまあたたかく見守っていて欲しいのに!

 

「結局会社を辞めたのだってあんたの甘えでしょ。社会は厳しいものだよ。」

「あの程度の仕事もまともにこなせなくなって、他にどんな仕事がつとまるっていうのよ?」

「せっかく正社員になれたのに、早々にドロップアップしちゃって、もうあんたの人生おしまいだね」

「自分は病気だから、って言い訳で逃げ回って、相手に気を遣わせて、困ったら怒り散らしてどんな気分?楽しい?」

 

あたしたちの人生なので、その中の主役であるあたしたちが一番「ヤバい」と感じているし、ぶっちゃけ、彼氏と言えどもそこに土足で(LINEで)ドコドコ入ってくるのはどうなの、と。

 

あたしたちは、ある程度自分の感情をコントロールして生きることができる。

悲観してこのまま落ちていってしまうことも、楽観して浮上を待つのもできる。

 

「とはいえ、正社員で雇い入れされるくらいの実力を、認められた経験はあるわけでしょ?」

「今回が異例のテンポで退職になっただけで、それまでは4〜5年働いてきたわけで、継続する力はあるわけじゃない。」

「あの時のあんたは確かにビョーキだった。朝から晩まで吐いて、トイレにも行けなくて、指一本動かせない。当時の記憶さえほとんど残ってない。あんなまずい状態で、それを打開する体力も気力もあるわけない。」

 

だから、あたしたちはネガティヴとポジティヴを行ったり来たりして、バランスを取ってる。

 

長期療養する選択肢はなかった。

それだったら退職をしないで休職してもよかったし。

あたしたちは働くことが大好きで、家でぼーっとしててもつまらないから、週末だって用事がなかったら仕事したいくらい。

 

だいいち、こんな病気なのかそうじゃないのか、治るのか治らないのかわからはいものに対して、まともに向き合って、治療に専念して寛解を目指そうとすること自体が、おこがましい?というか、夢みたいな話なんだと思ってる。

「はい、今日からあなたは寛解しましたね!これからは元通りに楽しく生きていけますよ!」なんて宣言してくれる人はいないし、自分で宣言するのもイタすぎるじゃない?

 

だからあたしたちは、早期に退職して、

治療もそこそこに、新しい仕事をしていかなくちゃ、と思ってる。

仕事ができない子でいることのストレス(起因するものは人間関係なり職場環境なり色々あれ、ね。)で病気になったのなら、仕事がバリバリできるようになれば、それが一番の治療になるのでは、と。

 

それなのによ。

 真意はどうあれ「私を心配してくれる」存在は重荷になると思うの。

 

言い方にも腹が立つ金曜の午後。

お金の無心だってしてないし、

酒浸りになって暴力も振るわないし、

ギャンブルだってしてない。

誰にも迷惑をかけずに、治療に専念していたところに、突然水をかけられて、心外だわ。

(親には迷惑をかけているわ。ごめんなたい。。)

 

どういう意味なの、と真意を問い正そうとしても「会って話したい」の一点張り。

 

自分が言いたいことはLINEで一方的に伝えて、以降は会ってから、なんてあたしゃ納得いかないね。姑息だよ!

 

そもそもそんな、怒られるためにおめおめと馳せ参じるようなあたしたちじゃない。

 

お互いに日本語は第一言語で、30年以上生きてきたのだから、どんな話をしたいのか、前向きな話なのか後ろ向きな話なのか、会って話をしてみたいと思えるか、物言いを変えることはできるでしょ。

変えられないなら、せめて気を使って、と。

 

百歩譲って言葉不足であたしたちな誤解しているのだとしても、その後も「そんなつもりじゃない」「間違った解釈をしてる!」と、王道の言い返しパターン。

 

自分が思った通りに相手に意見を伝えるのって、簡単なことじゃなくない?

100%正確に伝えることなんてできないし、それはLINEも電話も、面と向かって話をしても同じ。

 

面と向かって話せばきっとわかってくれる、というのは、落ち着いて会話ができないから、言いたいこと言えてないだけだと思うのよ。それできちんと会話できた気でいるなんて、傲慢でしかない。

 

「相手に伝えた言葉が、同じ意味で伝わるとは限らない」というところを、そもそも理解できない人と、あたしたちは今後も長くやっていけるのかしら。

事あるごとに「そんなつもりじゃなかった」と言い張られてもさ。

 

「そんなつもり」の話をする人って苦手だわ。

あたしたちって「そんなつもりじゃない」って受け止め方をされても、それはその人の感じ方次第でしょ。精神状態や天気や気圧にも影響される。加えて言えば月の満ち欠けも影響するわ。

「やっちまったかー!」とは思いこそすれ、本来の意図と擦り合わせることがいかに無駄なことかわかってる。

 

 

この状態で話なんてできない!時間を置かせて、と一方的に告げて、今なう、モヤモヤを残したままでいます。

 

冷静に考えると、別れ話をしたかった、のよねぇ。。