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二次創作「あたしたちのシンデレラ」

母は、素敵な人だった。ように思う。病気がちな母との思い出はあまりにも少ない。日に一度ベッドに近寄ると、優しく、歌うような囁き声で、私の金髪を梳いてくれた。元々、健康な方ではなかったが、私を産んで益々、その儚い命を削っていったのだという。

「エラ、お母様のご迷惑になるから、あまり寝室に行ってはいけないよ。」

「エラ、お前が元気で健やかにいられるのは、お母様が命を分け与えてくれたんだよ。」

「エラ、お母様はその命を懸けて、お前をこの世に産み落としてくれたんだよ。その感謝の心を忘れてはいけないよ。」

反面、父は素敵ではなかったように思う。父の愛情は時に、私の心を蝕み、昏い闇に落とした。
程なくして、母はその命を落とした。父は、私を亡き骸に近寄らせなかった。母は最期まで美しい人だったとは、使用人から伝え聞いた。

それから父は変わってしまった。家にも寄り付かなくなり、商売に執心した。私は数名の使用人たちと共に、思春期を過ごした。彼らからの扱いは、昔と変わらず私を令嬢のように褒めそやしたが、あまり良い気分はしなかった。居心地が悪かったのだ。
「いいのよ、私のことはエラと呼んで。自分のことは自分でするわ。」
炊事、洗濯、野菜の栽培、そして薪割り。私は、町娘と同じように忙しく働くようになった。なぜだろう。その方が気持ちが落ち着くということもあり、また、健康な自分への呪いでもあった。私は私に呪いをかけたのだ。

父が撃たれて死んだ。その訃報は真夜中、突然に訪れた。雨の通り過ぎた夜、庭の草花に月の雫が映えるとても美しい夜だった。
父の死以上に驚かされたのは、父が再婚をしていたことだった。その女性の名前は、何度か父からも聞いていた名前だった。いい人なんだよ、と父は言っていた。
そういえば、母が亡くなる前は、母の話題が多く、亡くなってからは商売の話が多かった。不器用で孤独な男だったのだと、今なら思えた。

父の再婚相手は、二人の娘を連れて我が家に訪れた。都会の家を売り、幾許かの資金を持ち、この町に越してきたのだ。継母は、昏い瞳をその場だけ輝かせてニコリと笑った。
「はじめましてでこんなことになってしまってごめんなさいね。今日から貴女の家族だと言っても、疎ましいと思うでしょうけれど。」継母はこう付け加えた。
「私たちのことを無理に家族だと思って接する必要はないのよ。ただ、貴女と同じ家で暮らす他人だと思っていて頂戴。」
我が家には似つかわしくない、豪奢な家具を廊下の真ん中に置かせて、継母と姉たちは騒々しく言い合っていた。やれ、どこの部屋に誰が入るのか、旦那様の部屋は空けておくのか、もっと家具を売ってもよかったのではないか、この箪笥を部屋に入れるには一度扉を外さないと、エトセトラ、エトセトラ。
「感じの悪い人たちなんですね。」
ぎょっとした顔を見せた継母と姉たちを見つめて、私は続けた。
「こんなの、強盗みたいなものではありません? お会いしたこともないのに、いきなり家族だなんだと。住み慣れた家を追い出されて、さぞ辛い思いをされているのでしょうね。そうでないと可笑しいわ。こんな厚顔無恥な真似ができるなんて、後ろ指差されても仕様がありませんわね。」
客間に顔を出した使用人が、息を呑む音が聞こえた。
「いいでしょう。恥知らずな父なら、継母もその連れ子の貴女たちも恥知らずなのでしょう。この家の客人として迎え入れましょう。その代わり、この家の使用人たちには暇を出します。タダ飯喰らいが増えるんだもの、使用人を残すだけのお金は残ってないもので。私は自分のことは自分でやります。貴女たちも、同じようになさってください。もちろん、客人として迎え入れますよ。でも、おわかりですか? 貴女方は客人でしかないということ。」
「タダ飯喰らいとは失礼ね、お母様は、この町で商売をするつもりなのよ。都会の風を、この田舎町に吹かせてやれば、お金なんて困らないわ。」
口火を切ったのは、二人目の姉だった。
「あら、そうですか。私も父の跡は継ぎますから、商売の心配はご無用よ。都会の風と仰るけれど、そのドレスはこの町では娼婦にしか売れないのではなくて? 商売女同士、仲良くやってくださいましね。」
私は母の部屋に床を移した。田畑が見渡せる窓には、柔らかい陽射しが注ぐ。この部屋だけは、絶対に犯されるわけにはいかないのだ。


継母と姉たちが、カチャカチャと茶器を鳴らす脇で、私は乾いたパンを咥えながら、竃に火を拵えていた。
「この紅茶、美味しいわね。」上の姉が、福々しい顔を綻ばせた。
「そうでしょう? この間、お母様と一緒に買い付けに行っていたの。とてもこの町では手に入らない高級品よ。」今度は下の姉。
継母はばつの悪そうな顔で、私にバターを勧めた。
「いえ、結構です。ご存知でないかもしれませんが、パンは噛み締めればパン本来の甘みが口の中に広がって、麦のとても良い香りがするんですよ。」
そうね、私も明日はそうしてみるわ、と漏らし、継母はその日一日、口を開くことはなかった。


「シンデレラ、顔に煤がついてるわ。」
そう言い終わる前に、上の姉が、ハンケチーフで私の顔を拭った。ざらざらとした酷い感覚。犬に舐められているような気分だ。
「男の子のような格好はなさらないで、恥ずかしいわ。」
シンデレラ? なんと言ったの?
「えぇ、ありがとうお姉様。私もお姉様たちのように美しく取り繕いたいわ。都会の化粧は町の娼婦たちにはさぞかし人気なのでしょうね。ところで、シンデレラって?」
燃え尽きた灰のエラ。姉の答えよりも早く、脳が正解を導き出した。母を焼いた灰を被り、父を焼いた灰を被り、田舎町で竃と格闘しているような燃えカスのようなエラ。私が見ていないところで、そんな侮蔑を受けていたとは。
「シンダーエラと仰ったのね? 灰まみれでごめんなさいね。でも、私が灰に塗れないと貴女たちは凍えてベッドから出られないでしょう? ベッドから出ることなく、その息を引き取った女性の話はご存知かしら? 私はその女性を燃やした灰を被って生きてきたのよ。何を今更、竃の煤が顔についたくらいで。」
この女は敵だ。胸の底から、頭の神経一本一本にまで、血が巡るのを感じた。この女を決して許さない。私を嘲笑い、母を嘲笑い、父の灰の上でぬくぬくと生きてきたこんな女。人の温もりなどわからないよう、滅茶苦茶にしてやりたい。
「お姉様は美しい顔が汚れないように、お湯でも浴びて来たら良いのではなくって? 町の下水はこの季節、快適なくらい暖かいから早く行かないと仕事を終えた娼婦たちと取り合いになってしまいますわ。」
気がついた時には、姉の腕を掴んでいた。身をよじって抵抗したが、畑仕事で鍛えられたこの体に勝てるものでは決してない。ばん、と玄関扉を開けると、初春のまだ冷たい風が家の中に侵入してきた。この風は貴女と同じ。温もりの残るこの家を凍らせる、冬の残した冷たい風。
「やめて、エラ!」姉がやっとの思いで声を発した時には、私は内鍵から手を放していた。寝間着姿で屋外に放り出されたらさぞ寒かろう。私はその足でキッチンに向かい、パンを一切れ、口に放り込んだ。フライパンにバターをぽんと入れて、竃の火であたためる。バターの溶ける良い香りがして、腹の虫がぐぅと獲物を欲しがった。一度走り出した欲望は止まらない。フライパンを手に持ち、玄関まで歩き、そして、扉を開けると座り込んだ姉の姿があった。頭から熱いバターを浴びせる。
「お姉様、良い香りがするわ。大好きなバターの香りよ。」


城で開催されるダンスパーティーの誘いが舞い込んで来た。能天気な姉たちは、朝から夜までああでもないこうでもない、とドレスを引っ張り出しては、やんや騒いでいる。朝は畑仕事をして、昼は父の残した商売の切り盛りをして、やっとこの時間なのに。
「貴女も行くわよね? エラ。」と、下の姉。
「シンデレラは行かないわ。」と、私。
「エラは働き者だから、貴女たちとは違って、そんな浮いた場所へは行かないのよ。貴女たちも、年頃だからってはしゃいでばかりで。。」
「お姉様たちは行ったら良いのではなくって? ひょっとしたら素敵な殿方と出会える機会かも。」
男に嫁ぐことしか、能のない女。男たちに股を開き、暴虐を乞い、暴力に蝕まれる女。
「そ、そうよね。でも、よかったらエラ。このドレスを着て一緒に行ってくれないかしら?」
上の姉が、趣味の悪いドレスを私の体に当てがおうとして、私が一歩後ずさる。
「結構よ、ありがとうお姉様。」
とてもではないけれど、莫迦みたいな格好で、莫迦みたいな姉たちと、莫迦みたいな乱痴気騒ぎなんて御免だ。私は、この町の商人の一人として、ダンスパーティーに招かれているのだ。チラシのようにばら撒かれた招待状ではなく、会社の名前と、社長としての肩書きと、そして何より、私自身に宛てられた招待状が手元にある。

継母と姉たちはダンスパーティーに出かけた。私は職場に向かい、そこで出迎えの商売仲間を待った。
「素敵なお召し物ですね。」出迎えの男が、汚い息とおべっかを吐いた。
「ありがとう、母の形見なの。」母のドレスを着てみて、意外にも母は瘦せぎすではなかったことを知った。然程手直しもなく、ぴたりと私の体に収まった。
「履物も素敵です。」
これは母の形見というわけにはいかなかった。知り合いの職人に作らせた、透明なガラスの飾りがあしらわれた靴。
「そうでしょう? ぴったり私の足に合うサイズにしてくれたの。」
くるりと回って見せる足は軽やかだ。
馬車に乗せられ、ダンスパーティーが催される城に向かう。
まるでこの馬車はカボチャ。馬はネズミ、従者であるこの男たちは、さしずめトカゲといったところだろう。
では、私はなんなのだろう。母の形見を身に纏い、ガラスの靴を履いたシンデレラ。両親を焼いた灰に塗れた、煤だらけの女。男に混ざって畑仕事をして、商売相手に歯を剥き出す、女とは程遠い生き物。私はこれまで何のために生きてきたのだろう。女は男の仕事をしてはいけない、というのは、女がか弱いからだと思っていた。毎日毎日、身を粉にして働いても私の体は、疲れることも、弱ることも知らない。ただ毎日、打ちのめされ、謗られても、一晩ぐっすり床に入ると、瞬く間に元気を取り戻してしまう。

『エラ、お前が元気で健やかにいられるのは、お母様が命を分け与えてくれたんだよ。』

私の体に満ち溢れる元気は、母から賜ったものである。これだけの体力を分け与えれば、命を燃やし尽くしてしまっても、致し方がないのかもしれない。


ダンスパーティーでは、着飾った娘たちが、同じように着飾った紳士たちと踊っている。
私は商売の話を済ませたら、早々に立ち去ろうと考えていた。
「やぁ。」
やぁ? 誰だったろうか。どこかで見たことがあるような、ないような。
「君も、踊りにきたのかな?」
ない。恐らく初対面だ。初対面の女に対して、何様であろうか。
「はじめまして。踊りに来たわけでは、、いえ、そうです、踊りに来ました。」
女が男に混ざって働くことを、世間を良しとはしない。ともかくここでの仕事は終えたのだ。適当に話を合わせて帰ればいいだろう。
「そうか、僕も久々に踊って疲れてしまってね。よかったら、少し話さないか?」
よくよく見ると、背も高くていい男だ。どことなく父に似ているが、同じ男なのだから父と似ていても不思議ではないだろう。
「えぇ、もちろん。」

その男は、話をすればするほど聡明な男であった。いけ好かなさも思わせる優男ではあったが、どこか間延びした話し方が、張りつめていた気持ちを揺るがせる。それは私に、顔の綻びに気づくたび、きつく唇を結ばせた。
「君はとても面白い人だね。見ていて飽きないよ。」
「僕をどう見えているかわからないけど、僕は紳士だよ。少なくとも、そうありたいと思ってる。」
「聡明な人だから、きっと君の夫となる人は肩身が狭いだろうな。賢い妻は、男をみじめな気持ちにさせるものだよ。」
これだから男は、と笑いながらも、少なくとも悪い気持ちはしなかった。
「よかったら、父と会ってみてくれないかな? 父もこのパーティに来ているんだ。」
女を父親に合わせるということは。
「えぇ、もちろん。」
少なくとも悪い気持ちはしない男と、その父親。初めての感覚が連続して、まるで熱に浮かされたように、男に促されるまま城の廊下を歩いた。途中、継母とばたりと会った。継母は私たちを見ると、顔を強張らせた。動揺するに違いない。ここにいないはずの女の姿が、それも、見知らぬ男について歩く私の姿であれば尚のこと、厄介者がいなくなって清々するだろうか。
ごきげんよう。」
声をかけてみた。自分でも、唇の端が引き攣るのがわかる。
ごきげんよう、それと。。」
継母が男に視線を移すと、男は、知り合いか、と私に耳打ちした。私は頷きながら
「ごめんなさい、それでは後ほど。」
と背筋を伸ばし、継母もつられてにこりと笑った。笑い顔が不愉快な女である。

男の父親という人は、男には似ても似つかない豪快な男だった。不遜ですらある。
「なるほど、息子が見初めるに相応しい聡明なお嬢様のようだ。」父親はガハガハと笑い、あとは二人で過ごすと良いと言って、どこかに消えていった。二分と会話はしなかったように感じた。
「父は、忙しい人だから。それに、気を使ったんだろう。父なりの形でね。」
結局また、元いた場所に戻って、男としばらくの時間を過ごした。父親と話した時間よりも、往復で歩いた時間の方が長かった。あの父親は、この男以上に、どこかで見たことがある。こんなに近くで顔を合わせたことはないが、どこかで、確かに見覚えのある顔だ。

「お父上って、もしかして。」
「君の名前って。」
二人同時に話を切り出して、お互いに笑い合った。
「そう、父はこの国の王なんだ。」
「私の名前はシンデレラ。貴方には似合わない、灰にまみれた女よ。」
「鍛冶屋の娘さんなのか?」
「いいえ、そういうことではなく、なんというのかしら。人の死の上に立つ、不幸を着たような女なのよ。」
「僕だって、人の死の上に立っている。王族とは、そういうものだからね。」
「私たち、気が合いそうね。でも、だめよね、ごめんなさい。」
王族と知って、胸が早鳴る自分の体が恨めしかった。時計を見上げる素振りをして、
「そろそろ行かないと。」
別れを切り出した。私はこの場には分不相応だ。
「待って。」
「待たないわ。」
「わかった。」
男は肩を落とした。
「君は他の女とは違うと思ったんだ。」
「他の女と同じよ。夜が更けると、生き血を啜る吸血鬼になるの。」
「冗談はよしてくれないか。」
男が強く、私の腕を掴んだ。
「初対面の女に触れることは、無礼ではないかしら? それとも、王族の特権なの?」
「僕は君の皮肉屋なところも好きだよ。皮肉屋なのに、瞳の奥が澄んでいるところももちろん好きだ。」
腕の力は抜けていた。つくづくこの男は、私を脱力させる才能があるらしい。
「君と少し話して思ったんだ。君は、綺麗で繊細なガラスのような人なのに、自分自身で煤汚れた乱暴者だと貶めている。」
それで?と口にすると、王子は手を離した。
「そんな女は、好きになれないって言っているんだ。」
「そんな酷いこと! ガラスだって言ったじゃない!」
「酷いことなのか?」
「酷いことよ!」
だって、だって私は。
「ガラスがそんなに好きなら、この靴と結婚すればいいじゃない!」
男の胸に、ガラスの靴を一足突きつけると、私は無我夢中で走った。逃げたのだ。

『お母様はお前のために死んだんだぞ、エラ。お前だけ幸せになったら、お母様が悲しむじゃないか。ずっとこのベッドで、お母様のように瘦せ細り、死んでいくべきなんじゃないか? それなのにお前ときたら、いくらズタズタに切り裂いてもニヤニヤと生き長らえて。これじゃあ、お父さんだって、死んでも死にきれないぞ。』

頭の中で父の声が繰り返し流れた。その声は、私が涙を流し嗚咽をこらえるほどに、強く響いた。


心が壊れたのだと思った。次の日、私はベッドから起き上がれず、気がついた時には陽が高くあがっていた。
畑に行かないと、と体を起こそうとするが、力が入らない。
そういえば、この部屋があたたかいのは、誰かが暖炉に火をつけたからに違いない。そんなことを思って、また私の体は脱力の海に呑まれた。
コンコン。
ノックの音がして、しばらくの間をもって、カチャカチャと陶器が鳴る音がした。更に、コンコン。ノックが鳴る。
「エラ、入るわね。」
入ってきたのは、継母であった。手には盆に、茶器と朝食が載せられている。
「あまりにも起きて来ないから。」
継母は笑いながら、ベッド脇に朝食の支度を始めた。
「大丈夫? 風邪でも引いたの?」
額に手が添えられ、私はほんの少し、髪を梳いてくれた母の指を思い出した。
「大丈夫よ、なんでもない。ただ、昨日は少し疲れただけ。」
「そ、そうよね。お城に貴女がいたから、ちょっとびっくりしちゃった。それに、王子様と一緒に歩いてるんだもの。」
合点がいった。この女は、憐れな私に侮蔑の視線を送るために仕向けられた刺客だ。もしくは、王子と関係を持つ私に取り入ろうとしているのかもしれない。
「えぇ、そうでしょうね。灰にまみれたエラが打ちひしがれているのは、さぞ気味の良い眺めでしょうね。」
「王子様と、何かあったの?」
側の椅子に座ろうとする継母。
「座らないでッ!」
きん、と空気が鳴り響いた。
「お生憎様、王子様の戯れに弄ばれただけよ。みじめでしょう? これじゃ娼婦だわ。貴女たちのことを笑えない。男と同じように生きてきた私が、ただ王子にふいにされただけで寝込むなんて。良い気持ちでしょう? 形勢逆転だわね。でも貴女たちなんて、王子様に近づけもしなかったんじゃないの? 淫らなドレスで淫らな踊りしかできない、意地汚い母親と、その性根を受け継いだ娘たち! 私は夢なんて決して見ないわ。ただ毎日を誠実に生きて、誠実に死んでいきたいのよ。」
「よしなさい、シンデレラ。」
継母が私の手を握った。触らないでったら!
「私の娘を悪く言うのはやめなさい。」
ぱん、と肉が裂ける音が聞こえて、頬に雷が走った。頬を打たれたのだ。私はじたばたと暴れまわる力も振り出せず、力なく笑い惚けるしかなかった。
「忘れないで。無理に家族だと思って接する必要はないけれど、私にとっては貴女も大切な家族なのよ。わかったら、明日からまたいつもの元気な貴女に戻ってちょうだいね。」


王子様が異例の御触れを出したのを知ったのは、それから二日経ってのことだった。ガラスの靴を履いてダンスパーティーに出席した女性を、生涯の伴侶とするというのだ。
町中、ガラスの靴を履いた女の話で夢中のようだった。二人の姉たちも同じようで、なんとかガラスの靴が手に入らないかと話し込んでいるようだった。
「今から仕立てたって間に合わないわ。」
「ガラスの靴さえ手に入れば、王子様と結婚できるのに。」
常々思っていたことだが、うわ言のように同じことを繰り返す悪癖がある。頭が悪そうに見えるから、やめたほうがいい。
暖炉に薪をくべながら、私はふと思い立った。
「お姉様たち、私、ガラスの靴を持っているんです。一足しかないけれど。。」
私がガラスの靴の持ち主とは言わず、母の形見で長年眠っていたことにした。どうやら姉たちは、私があの時城にいたことも知らないらしい。
「だめね、これじゃ入らないわ。」
当然だ。私の足に合わせてしつらえたのだから、赤の他人の足が同じように入ってしまったら困る。
「私も無理みたい、もうちょっと、踵がどうにか入れば。」
嘘ではあるにしろ、母親の形見だと聞いても、この図太い娘たちは遠慮を知らない。靴が割れたらどうするというのだ。
「そうだ、お姉様。こうするのはいかがかしら。」
私は、工具箱からハンマーを取り出すと、下の姉の踵を持った。
「踵が靴に入らないのなら、踵をなくしてしまえばいいのですわ。」


終わり。
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耳をつんざくような悲鳴が聞こえ、どこからか継母が飛んできた。すんでのところで、姉の踵は破壊されずに済んだようだ。
「エラ! 貴女はなんということを。。」
頬を何度も叩かれ、口の端が切れる感覚が走った。
「ガラスの靴を履いていたのは貴女だわ。どうしてそんなこともわからないの! 貴女は王子様に求婚されているのよ? どうして自分だと胸を張れないの? 私たちは貴女の家族でありたいと思っていたし、努力もしてきた。貴女が倒れた時に、みんなで一所懸命火をつけたのよ。畑にだって行ってきた。煤だらけに、泥だらけになって、エラはいつもこんな大変なことをしてきたんだって、見習わないといけないねって。でも貴女の態度は何? 世の中を斜めに見て、人を見下すことと、お金のことばかり! お金なら、私たちの蓄えがありますよ! 貴女と四人で暮らすことになるから、貴女一人をこの家に住まわせることができないから、向こうの家を売って来たのよ。どうして貴女という人は、他人の愛情を受け入れることができないの!」
後半は、絶叫に近かった。上の姉が続いた。
「エラ、私たちは貴女のことを本当の家族のように思いたいのよ。でも貴女がそれをしてくれなかったら、私たちはいつまでも家族になんてなれない。理想的な家族にも、幸せにもならなくてもいいじゃない。この家で、私たちと一緒に慎ましく生きることはできないの?」

家族会議に水を差したのは呼び鈴だった。
「この家に年頃の娘がいると伝え聞いた。我々はガラスの靴を一足、持っている。この靴を履ける少女が、王子の伴侶となる女性だ。」
武骨な顔の兵士がそう告げると、ズカズカと家に入り込んで来る。数人の兵たちの中に、王子の顔があった。そういうことか。
「それでは、貴女が、どうぞ。」と上の姉を促すと、上の姉は形だけ靴に足をあてがった。
「この靴は私には小さくて、入りませんわ。」
「そのようですね、それでは。」
辺りを見回して、下の姉を通り過ぎた兵士の瞳が私を捉えた。
「その必要はありませんわ。」
狭い客間に立ち並んだ制服姿の兵士の中の一人、王子の前に私は立った。
「私は、貴方には不釣り合いな身の丈の女ですわ。どういった経緯で、ガラスの靴の持ち主探しをしているのか知りませんが、貴方自身がお気づきなのではないですか? 好きになれないと言われた女ですよ。」
王子は、目を丸くしてこちらを見下ろした。そういえば、ガラスの靴を履いていない分、身長に差があるのだ。
「僕は、君に好きだと言ったんだぞ?」