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あたしたちのちんぽが入らない(夫のちんぽが入らない感想)

「夫のちんぽが入らない」読み終わりました。

ネタバレとは書いたものの、ぜひ読んで欲しい作品なので、詳しい話は端折って感想だけ書いていくことにします。

 

まず、はじめに読んだ文章はこうじゃなかった気がする!

いつ読んだのかも覚えてないけど、「ちんぽ」の音の小気味良さとは裏腹に、物語は淡々と(陰鬱と)進んでいきます。

自分語り、かなり、えぐってきます。

 

思い返すと、あたしたちが過去にネットで読んだ文章とは同じだったかもしれない。

「ちんぽが入らない問題」という、ともすれば明るい下ネタで終わってしまいそうなテーマが、「自分自身の葛藤」「相手の性欲」「世間への後ろめたさ」などなど、切実に思いつめていくので、当たり前なんだけど「夫のちんぽが入らない一人の女性」をありありと描いていきます。

「ちんぽが入らない人(笑)」が、人間の様相を帯びるのです。

 

あと、これはあたしたちが350人くらいとセックスしてるのが悪いのかもしれはいけど、「この人のちんぽ絶対入らないな〜絶対大怪我する」みたいな腕ちんぽってたしかにいる。けっこうな確率で腕ちんぽはいるから、腕ちんぽで泣いてるって人、けっこういると思うのよね!

 

でも安心?して欲しいのが、素人まんこに入らないちんぽは、商売まんこにだって入るとは限らないのよ。

 

あたしたちが風俗嬢だった頃に何度か腕ちんぽに遭遇して「商売女だから挿れさせて(入って当然だろ)」って男はいたけど、商売道具だからこそ、壊すわけにはいかないのよ。

 

だからね、夫が風俗には行ってもね、それは「ちんぽが入らない」こととは関係ないから!

あんたに飽きただけ!

あんたに魅力がないだけ!

素人のフェラチオと手コキよりも

商売女の方が場数踏んでるだけ気持ちいいわよ!

 

 

そして、おそらくそれ以上にあたしたちがビビったのは、作品の登場人物の持つ「人のぬくもり」です。(暗転!)

 

わかる、わかるよ。。あたしたち、そういう人たちが嫌いで東京に出てきたんだもの。

 

「あたしたちは愛されて生きてこなかった」と声を大にして言えるのなんて、本当にごく一部で、愛されるとは何のことなのかわからない人、愛されているはずなのになぜ自分は応えられないのだろうと自分を責める人、自分よりも愛されてない人がいるからと遠慮してしまう人、そういう人が大半なんだと思います。

 

善意や思いやりで人は傷つき、蝕まれていくのも、わからない人にはわからないでしょう。

疲れる、という言い方をよくするわよね。

「恩義に報いる資格がない」ような言い方も。

 

愛されることと幸せを感じることはイコールではなく、愛情・慈愛の概念があるから、目に見えないことを不安に思うあたしたちは、それに耐えきれずに自壊していく。

 

どんなに半径1km圏内の世界を丸く穏やかにしたくてもさ。善行の波は、岩を侵食して崖を崩すし、善行の風が吹いたら桶屋が儲かるというワケ。

 

現実というのは、救われないものですわね。

恥ずかしくて、みっともなくて、口の中の臭いがする。

 

でも、普通に生きてたら「いつ死んだっていい」と思うことがあっても「死んでやろう」とは思わない。

これはあたしたち個人の持論だけどね。

 

「死んでやろう」って思った時のことは、忘れちゃいけない。

優しくなくたっていいのよ。

善行なんて見せつけてやるもんじゃないし、

愛情なんて感じなくていい、ちんぽだって入らなくていいのよ。

そんなのは瑣末な問題で、それに一喜一憂したらキリがない。

 

人間は生まれてから死ぬまで、右肩下がりの下り坂を一直線に転げ落ちていきます。

 

なだらかな下り坂の途中「切れそうになった」時に、どう生きるか、どう生かすか、ですよ。

一緒に死んだっていい。それもいいけど、普通にしてたら「死のう」なんてそうそう思わない。

 

その「普通」と「非常事態」の線引きはしておかないと、いざという時にこの世界には誰もいなくなってしまうわよね。

助けてくれる人もいなければ、助けてあげられる人もいない。

 

善行の風が吹いて、自分はその風に吹き飛ばされて上も下もなくなるまでになったら、べちゃり!!