あたしたちの短編?小説「佳代子のゴーヤ」

今朝、出社する時に、とある御宅の前にゴーヤが置いていました。

「どうぞもらってください」と可愛らしい文字で書いてあった手紙を見て、なんだかほっこりするような気持ちになりました。

 

そんなほっこりとは全く関係のない、勢いで書き上げた小説です。

気がついたら一気に1万字も書いていて、全然書き足らないけど、これ以上煮詰めてもしょうがないので、公開しちゃいます。

 

 

〜*〜

 

まるでそんなものには価値がないような世の中!
佳代子は喉元までせり上がったむしゃくしゃを飲み込みながら、ガシガシと葉野菜についた泥を落とした。
でも、そんなこといつ聞けるだろうか。
「生涯を共にするお相手ですので、ちんぽの具合はぜひとも拝見してみたくって。」だなんて。嫁入りする側の質問と言えば、形式ばったことばかりだ。子どもはたくさん欲しいですわね。大変なお仕事されてるんですね。思い返せばそんなこと、質問でも何でもなかった。


いや、聞いてしまえばよかったのだ。そうしたら、この男は、内面にある恐れを表し、慄いたりたじろいだりもしたことだろう。婚約も破談になったかもしれない。良いこと尽くめだ。夫はこんな常識外れな女は御免だと言うし、妻はこんなちんぽの持った男は御免だと言う。それに何の問題があるのだろうか。
気に入らないのはその構造だ、と佳代子は結論付けた。女はちんぽに固執するものではない、そんなことをする女は淫乱だけだ、という傲慢さ。女の見てくれや、生娘であるかどうか、瑣末なことは殊更気にされるのに、ちんぽなんて、まるでついてさえいれば十二分とでも言いたげなこの社会構造こそが問題なのだ。

佳代子は賢かったし、人一倍探究心も強かった。自分の肉体であるのに、未到達の部位があること、その事実が不快であった。そういえば、女の身体の仕組みについて、母親に聞いてみたことは一度もなかった。どんな疑問であれ、それに答える知能を持ち合わせていない女なのである。

「まぁ、かよちゃん。かよちゃんはとっても賢いのね。お母さん、そんなこと考えたこともなかったわ。言われてみれば、不思議なものね。」

と、ころころ笑いながら、雲隠れしてしまう。赤ちゃんが女の人のお股から出てくることは、幼い佳代子にもわかっていた。きっと母はさぞかし狼狽えたであろう。突然、お腹が膨らんだかと思ったら、佳代子が産まれ落ちたのだ。夜中、恐怖からめそめそと泣いていたかもしれないと、気の毒に思って、佳代子は母を憐れんだ。
医者の家系である父ならば詳しいであろうと聞いてみたことがあった。父の反応は母とは真逆であった。父は質問に答えるどころか、激昂したのであった。縮み上がった佳代子は、それ以来、文字通り秘め事としてこのことを外に出すことはなかった。


だがしかし、鉄棒や自転車のサドル、直角に曲がった壁も含めて、佳代子の「生身の女」である証拠を刺激するものはいくらでもあった。しかし、先生や親友にも打ち明けることができなかった。ねぇ、さよちゃん。お股がむずむずすることって、なあい? 父の真っ赤な顔が頭によぎる。


だから佳代子は、自身の身体を冒険することにした。もう誰の頼りにもならない。なんといったって、自分の肉体の一部なのである。かつてのトムソーヤやインディージョーンズのように、未知の洞窟への探検を決意した。洞窟探検には必需品があるものだ。まずはランプ。視覚は何よりの情報通だ。血が出たらやめればいいと思ったし、女の身体は血を流すものだと母を見て知っていたから、不思議と恐怖心はなかった。

消灯した後の闇は深い。佳代子は、廊下からランプを一つ持ってきた。あまり人通りがない所にあるものだから、きっと誰も気がつかないだろうと踏んだのだ。次に、母の手鏡を拝借した。前屈は得意な、身体の柔らかい佳代子であったが、より内側を深く掘り下げるには鏡が必要となることを心得ていた。最近買った普段使いのものではなく、昔使っていたものを選んだ。いつか、かよちゃんにもあげるわね、と言っていたのだから、それが多少繰り上がっただけのことだ。

一番の問題は、掘削が必要になるかもしれないということだ。ぴったりと閉まったそれは、何やら硬いものでなければこじ開けようもないように感じていた。岩壁であればピッケルだけれど、佳代子の小さな身体に使うには大き過ぎたし、鉛筆や箸のような尖ったものでは、命の危険があると佳代子は子供ながらに理解していた。

その昔、同級生の宮本くんが、鉛筆を鼻に入れて、鼻血が止まらず保健室に連れて行ったことを思い出した。「もうちょっと入ると思ったんだけどよォ。」と、目を真っ赤にしながら宮本くんは笑っていた。とても痛かったに違いない。想像は容易についた。自分も同じ目に遭わないように、道具選びは慎重にしなければならない。

とはいえ、丁度良いものがそこかしこにあるわけもなく、とりあえず、初めての冒険は指先で行うことにした。それだったら、後で何か言われても指遊びをしている間に指が滑ってしまったなどと言い訳もしやすいだろう。

ただし、爪先は短く切り揃えた。鼻の奥を爪で引っ掻いたら血が出たこと、鼻の奥が塩辛かったことを思い出したのだ。


まずは消灯後、枕元に灯りの灯したランプを置いた。手鏡で中を覗き込むと、なるほど、女の肉体はこのようになっているのだと、誇らしく思えた。ただ口を窄めているだけの肛門に比べて、複雑怪奇な容貌をしているそれは、自らそのものも複雑で奇妙な生き物であることの証明であった。

冒険家佳代子は、それから何年間もこの洞窟に挑み続けることになる。

〜*〜

例の男は、他の庭師連中から「マサさん」と慕われていた。すらりと伸びた身長に、堀りの深い整った顔立ち。ほんのり異国の香りさえ漂わせる、現代風の男であった。
「よかったら、麦茶でもいかが。」
せせこましく動き回る庭師たちに声をかけながら、佳代子は彼の背中を探していた。
品の良く見える、けれども素朴な麻のワンピースに身を包んだ佳代子は、取り立てて美人ではなかったが、色香のある女だと自負していた。不美人の方が器量がいいものだ、と祖母に教わり、とにかく褒めてくれる祖母と母に甘やかされ、佳代子は増長していった。だが、女一人、生きていくことができない時代に、年頃の娘が他に何を為せたであろうか。生まれ持った顔を変えることもできないのであれば、明るい不美人であった方がいい。
「俺が配っておくからさ、奥さんは中でゆっくりしてなさいよ。」
後ろから乱暴に麦茶の入ったポットを掴まれ、佳代子は思わず身がすくんだ。
「おおお、すまんね。驚かすつもりはなかったんだ。」
にへへ、と少年のような笑みを浮かべて、マサさんは頭を下げてみせた。

佳代子には策士の才能があった。女学校でも、佳代子を悪く言う者はいなかったし、人当たりにだけは気をつけて来たつもりだ。中には当たりの厳しい者もいたが、佳代子は「不思議なことをおっしゃるのね! 貴方といるととっても楽しい! よかったらお友達になってくださらない?」と息巻いた。人間には根っからの悪はいないと、母からは教えられてきたが、真実は違うであろうことを佳代子は理解していた。根っからの悪だろうと、それがなんだというのだろう。世の中は、敵か味方かなのだ。だから佳代子はとにかく味方を多く作った。不良だろうと優等生だろうと関係なく、佳代子を慕った。そして、そういった声を集める毎に、佳代子の得体の知れなさは体積を増していった。
「いつも大変ですわね。私にも何か、お手伝いできることはありませんか?」
「お煮物を拵えたのですけれど、よろしかったらいかが? 北の生まれだから、皆さんのお口に合いますかどうか。。」
「この枝は切ってしまうのでしょう? でしたら、私に切らせてみてくださらない? 一度でいいから、男の子のように木登りで遊んでみたかったの!」
側から見たら、夫以外の男たちと遊ぶふしだらな女に見えるかもしれない。だが佳代子にはそう思わせない狡猾さを併せ持っていた。ある意味事実ではあったのだが、夫と結婚して以来、佳代子は不満を募らせていたから、頬はこけ、顔も青白くしていた。

近所の者たちとも、無理をすればするほど、どこかよそよそしく、なかなか打ち解けることができなかった。


桜田さん! ほら、桜田さんの奥さんだわ!」大きな枝に跨って手を振り、屈託のない笑顔を作る。桜田の奥さんは、世話好きで有名だから、佳代子のことを心配しているようだと噂であった。かえって良い噂を広めるのには好都合ということだ。
「どんな形であれ、佳代子さんが笑顔になって良かったわ。本当は私、心配していたのよ。」

そのまま家に招き入れ、実家から送られてきた茶菓子を振る舞った。
「実は私、こちらに嫁ぎに来て。家を出るのも初めてだったから、不安だったんです。こんな大きなお家に、私なんて分不相応だわ。」
「そんなことないわ。佳代子さんはお家を良く守ってらっしゃるじゃない。」
桜田の家よりもひと回りもふた回りも小さい、この屋敷に閉じ込められて、息が詰まりそう。
「やっぱり、誰かとお話しをしていないと寂しくって。ねぇ、桜田の奥さん。よかったら、私たち、お友達にならない?」
常套手段だった。桜田のお家は数軒先にある。誰が出入りをしようと、知るよしもないのは好都合だ。そして、世話好きの女は総じて、醜い。自分が流した噂でなければ、頑として認めようとせず、そして佳代子のような世間知らずが陰で泣いていることを、心から悦ぶ性質であることを見抜いていた。
「佳代子さん、心細いのはわかるけれど、あまり殿方と仲良くされては良くないわ。」
「あら、そうなの? ごめんなさい、私、お手洗いを借りたいとおっしゃるものだから、何も気にせず、、」
「いえ、いいのよ。お手洗いくらいなら。ただ、いくら表面上は優しくったって、男の方なんて、足の間に脳みそがあるんですもの。何かあってからでは遅いのよ。」
「そんな! でも、そう、そうよね。女学校の同級生で、とても怖い思いをされた方がいたの。詳しくは知らないけれど、私、私そんなことって。ねぇ、桜田さん。どうしたらいいのかしら?」
「そんなこと! 何があっても大きな声で叫ぶのよ! 私がすぐに飛んでいくわ。」
「えぇ、えぇ。ありがとう、桜田さん。。約束よ、約束、してね。」


桜田は、誰か近くの者に助けを求めろとは言わなかった。それどころか、女の汚点は決して口外しないことだと佳代子に言い含める始末であった。

暴漢に襲われ、数軒先の桜田の家まで届くほど、叫び声をあげ続けられるわけも、這って逃げてくるわけにもいくものか。


知ってか知らずか、これで佳代子と桜田は共犯となった。痛い目を見ろと、佳代子を疎んじる桜田と、着々と策を練る佳代子。歪な縁で出来たこの契り、佳代子は決して忘れることはなかった。

 

〜*〜

その日も夫の帰りは遅かった。何やら高そうな赤ワインなど持って、佳代子をベッドに誘った。佳代子もしたたかに酔ってはいたが、それが夫のちんぽで佳代子が満足できる特効薬にはなりえない。粗末なちんぽは、アルコールでいつもより萎んだようにも見えた。
「貴方、好きよ。私、貴方と一緒になれて、良かった。」
ちんぽは煽てないと張り切らないことを知った佳代子は、すがるような声を出して、夫の背中に手を回した。ほんのり膣の中で弾力が増したのを感じると、佳代子は更に続けた。
「あぁ、そんな、大きい、大きいわ。。」
夫はこの言葉に弱かった。背伸びをする子供のように、ちんぽはその熱を増し、内心可笑しくて仕方がなかった。
「佳代子。。」
と呟いたかと思うと、かぷり。佳代子の耳たぶに甘い痛みが走った。

こんなこと、いつどこで覚えてきたのやら。

この時、佳代子を突き動かしたのは、夫に対する支配欲でも、ましてや浮気をされたことへの怒りでもなかった。
男ばかりが快楽を貪ることができることへの、羨望。嫉妬。そして、虚しさ。


女に生まれたばかりに、自分の性は疎んじられ、あたかも存在していないかのように見せねばならない。それなのに、夫を求める良き妻を求められる。

佳代子は、体の奥から突き揺さぶられるこの感情は、飢えだと直感した。これは飢えだ。佳代子の膣が、子宮が、陰唇が叫んだ。頭を揺さぶりながら、必死に助けを求める。このままでは、性欲に殺されてしまう。その時、頭によぎるのは、庭師の中でも一際異彩を放つ、あの男だった。
「佳代子。。」
暗闇に突き落とされる感覚。佳代子は救いを求めた。
「佳代子、どうしたんだ? そんなになって。」
ちくりと、乳首に電流が走った。
「あぁ! 痛くしないで! そんなことされたら、、!」
「そんなことを言って、こんなにも感じているじゃないか。」
挿入が深くなると、佳代子の膣は貪欲にちんぽを吞み込もうとした。
「あぁ! こんなの、こんなのって! 初めて!」
電流がいっとう激しくなり、真っ暗な世界から反転、佳代子は真っ白な世界にふわりと浮かんでいた。

 

果ててしまった。夫の拙いちんぽで、マサさんのちんぽを思い浮かべながら。

その次の日、佳代子の熱はおさまるどころか増す一方であった。いつものように夫を見送ると、玄関先に座ったまま、自然と佳代子の指先は身体の熱をほじくり出そうとしてきた。もうすぐ、庭師たちが来てしまう。そう思えば思うほど、佳代子の中心は熱を持たずにはいられなかった。

二度、三度、四度。指先が攣りそうになって手を放しても、佳代子の身体はなおも戦慄いた。

 

まるで、獣の咆哮。口を開いては、あたりの空気を飲み込み、虚しい呼吸を続ける、飢えた獣。この獣をこの先、どうやって飼い慣らそうか。粟立つ肌が、空気の振動に敏感になり、触れてもいないのに、また絶頂が走る。殺されてしまう! 佳代子は必死に逃げようともがくが、腰が抜けてしまって、毛虫のように身悶えることしかできなかった。
「奥さん! どうしたんですか! 奥さん!」
虚ろになった佳代子の目が捉えたのは、一晩中待ち侘びたマサさんの姿であった。

「いいですか、奥さん。若いからって、あまり無茶を。。」
いつ頃から見られていたのだろうか。佳代子は恥ずかしさのあまり、また気が飛んでしまいそうだった。応接間のソファに横たえられると、心配そうな瞳が、じっとこちらを見ていた。
「いつから、、」
「今来たばかりです。俺、何も見てませんから。」
扉から頭だけ出すと、奥さんは具合が悪いから、と外の連中に声をかけ、また佳代子の元へ戻ってきた。今度は床に座っているのだろう、マサさんの顔が近い。
「どうして、見てないなんて、言うの。」
「だって、そりゃ。何をしていたかくらい、俺にだってわかりますよ。」
顔を真っ赤にして、佳代子の額に手をかけた。
「私、病気なのかもしれないわ。だって、、」
「そんなこと、ないです。」
目を見てキッパリと言い切る真剣な目つき。
「マサさんは優しいのね。軽蔑したでしょう?」
「してませんよ。」
「私、私、このままじゃ。。」
「それ以上言っちゃ、いけませんって。」
宙を探る佳代子の手をそっと握ると、佳代子も安心して握り返した。
「俺も男です。今だって、どうにかなっちまいそうで。でも、絶対にそれはしちゃいけないんです。」
「マサさんは、男らしいのね。」
佳代子はそっと笑うと、瞳から涙が溢れ落ちるのを感じた。耳の中に、雫が滑り落ちる。
「貴方だったから、良かったわ。もし、他の方だったら。。」
口の動きとは裏腹に、佳代子の中では、毒蛇が頭をもたげていた。
「他の連中だったとしても、俺が奥さんを守ります。」
「ねぇ、私を守ってくれるのなら。」
私を守ってくれるのなら、その矛先は、男ではない。佳代子の膣内に巣食う大蛇こそが、佳代子を食い殺そうと目論む悪魔なのだ。


佳代子はゆっくりと身体を起こすと、立ち上がろうと背もたれに手をかける。身体がぐらりと揺れ、マサさんが慌てて抱きかかえる。佳代子は片足を上げ、先ほどまで横たわっていたソファの上に乗せた。
「ちんぽを、ここに入れてくださらない?」

 

〜*〜

 

想像していた以上に、マサさんのちんぽは立派であった。男のちんぽはこういったものか、佳代子は成る程、合点がいった。

立ったままで二回、ソファの上で一回まぐわった後、素面にでも戻ったのか、マサさんは庭先へと出ていった。


達成感。
とうとう、ちんぽを食ってしまった。

この、充実感。
どうして今までこんなこと、誰も教えてくれなかったのか。世の夫婦たちは、みんなこんなことを、生涯延々とやっているのだろうか。佳代子は興奮が冷めない身体をいたわるように、手首を強く噛んだ。佳代子の性欲はもはや、手負いの獣も同然だった。獣だから、噛む。ちろちろと噛み跡の残る手首を舐めると、また甘い電流が走った。

もう、元には戻れない。全裸になって庭に出たら、みんな私を抱いてくれるだろうか? たくさんのちんぽで溺れてみたい。


ついに解放してしまった自分の野生に、堪えきれず失笑が漏れた。足首に丸まっている綿の下着を摘まみ上げると、指先でくるくると弄びながら、佳代子は脱衣所へと歩いていった。


冷たい水が火照った肌に心地よく、綺麗さっぱりと汚れを落とすと、佳代子の肌は一際輝いているようだった。

着替えを持ってくるのを忘れたことに気がついたが、その時には既に全身ずぶ濡れだった。家の中とはいえ、すぐそこにはマサさんがいる。先ほどまでちんぽを咥え込んでおきながら、今更恥じらうのも莫迦らしい気もしたが、それとこれとは話が別のような気がしていた。全裸で廊下に出ると、水で濡れた足が廊下を湿らせた。ぺたりぺたりと音を立て寝室へ戻り、適当に着替えを見繕う。

一階まで降りてやっと、自分がいかにも厭らしい格好をしているような気がした。肌なんて出して、と思い直し、居間で羽織るものを引っ掴んで袖を通す。マサさんは幻滅したのだろうか。最中には何度も可愛いよと囁いてくれたけれど、いなくなるのは一瞬だった。頼りの綱がなくなってしまったように感じて、心細い。つっかけを履き、玄関を出ようという所で、足がすくんだ。

まるで空き巣のような所作で、そろそろと玄関の扉を開けると、庭師たちは昼食に出ようというところだった。マサさんが佳代子を認め、駆け寄ってくる。
「悪い虫は、収まりましたか?」
いつもの、少年の笑みに戻ったマサさんに、安堵を覚えた。
「え、えぇ。おかげさまで。」
「それならよかった。ところで、、」
嫌な予感がした。脅迫でもされるだろうか。身体を求められ犯されるならまだしも、口止め料なんて無心されたら、溜まったものではない。佳代子にとって弱みを握られたこと、弱みを見せたことはこれが初めてであった。
「吹聴されたいのでしたら、どうぞ。」
第六感が警鐘を鳴らし、頭の芯が冷静さを取り戻した。脳髄が鋭く冴え渡る。


莫迦ではありませんから、自分がしたことはわかっています。言い逃れもしません。致したい時に致すのは、確かに不道徳ではあるでしょうけれど、女だからと言うだけで責められる所以はありません。」


早口で捲したてる佳代子を見下ろし、まんまるの目でしばらく見つめた後、ぶっ、ぶはは、と豪快に笑った。「何かの冗談かい?」と、唇だけを動かす。


「ちんぽが欲しかっただけじゃねえか。」
耳打ちをしているのだか、耳を舐めているのだかもわからない距離で、こう続けた。
「女だからと我慢する所以もございませんぜ。」

 

これまでに夫としていたことが、子供のお遊びのようだった。
こちらが優勢に立とうとすれば組み敷かれ、弱みを見せれば、動きを抑えてくる。そのために、佳代子は丁度良い塩梅になるよう常に気を張り続けなければいけなかった。
「見てみろよ、ちんぽ、食ってるぜ。」
馴れ馴れしい口を利いたかと思えば、

「奥さん、これ以上は男娼に頼んでつかぁさい。」と急に腰を引いてみせる。

マサさんもなかなかに策士であるとは思わなかった。


「私はマサさんだから好いのよ。」
「まさか! 俺が急にいなくなっても構いやしないくせに。」
「そんなことある訳もないでしょう? このちんぽが味わえなくなると寂しいもの。」
「奥さん、知ってるか? 二人でいる時は、何かってえとすぐにちんぽちんぽって。」
「だって好きなのだから仕様がないじゃない。」
「ちんぽか? 俺がか?」
「どっちも、よ!」
マサさんの上に跨り、へそで貝を結んでみせる。

 

堕落してしまったこと、もう後には戻れないことは、薄々感づいていた。この幸福な時間も、長くは持たない。
ただ、それでもよかった。三行半を突きつけられれば、それでもいい。夫の粗末なちんぽに付き合うだけの人生など、真っ平御免であるからだ。


佳代子は、自分の意思で、自分の欲求を、自分の方法で行ってみせる。それはまさしく、全能であった。

 

〜*〜

 

「佳代子、、」
夫が身体を求めなくなり、暫くが経った。夫は夫で、佳代子は佳代子で、他に捌け口があるのだから、その必要性も感じなかった。
「なあに?」
乾かした髪を結いながら、佳代子は鏡に映る自分の姿に見惚れていた。
「俺の佳代子、、」
不倫相手に愛想でも尽かされたのだろうか。粗末なちんぽなのだから、仕様がない。だからといって、その慰めに自分の膣が道具然として扱われるのは辛抱ならなかった。
「どうなさったの? 最近は、触れてもくださらないのに。」
肩にかけられた手を握り返して、そっと胸元に当てる。
「わたくしのことは、もう飽きてしまったのかと。」
「まさか。そんなことあるわけ。。」
いいのよ、と佳代子は頬を膨らませてみせた。
「それが殿方の甲斐性なのでしょう?」
「怒っているのか?」
「怒っても呆れてもいませんわ。事実はただありのままに、受け止めているだけです。」
「やはり怒っているのではないか。」
「怒ってはおりません! ただ、余所の女が靡かない慰めとしての妻など、誰が諸手を上げて歓迎しましょうか?」
沈黙。
「慰めならば他にも女はおります。どうぞ。わたくしからは何も申しませんので。」
佳代子、と更に肩に手を置く夫に腹立たしさが募った。マサさんならばきっと、無理やりにでも抱いてくれるに違いない。
「どうしたのだ? 佳代子。最近はまるで別人のような、、何があった。いや、、」
合点のいった顔。暫くといっても、マサさんに抱かれるようになって半年。夫との情事を気にも止めなくなり、更に半年。次第にお互いの触れ合いがなくなり、完全に無くなってから更に半月ほど経ったであろうか。子はまだかと急かされている手前、そしてマサさんと交われば交わるほど、夫との情事は平行して進めなければならない歯痒さがあった。
「他に男がいるんだな?」
「えぇ、おります。庭師の一人です。精悍な方で、ちんぽもとても好い物をお持ちですよ。貴方がどんな女の膣に入れ込んでるのかは、、」
平手が頬を打った。
「妻に手を上げるものですか!」
「聞き分けのない女には身体で躾けるのが亭主の定めだ!」
「えぇ、わたくしは女よ!貴方だって女のように抱かれたら、いかに自分のちんぽが粗末で不甲斐ないものであるか思い知るはずだわ!」
「まだ言うか!」
平手。平手。平手。口の中が切れたのか、鉄の味が鼻腔を抜けた。
「離婚だ、離婚!」
亀頭のように真っ赤に膨れ上がった顔が、佳代子の胸元を掴み上げ、床に何度と叩きつける。
「殿方はすぐに離婚離婚とおっしゃいますけどね。自分のちんぽがみすぼらしいとお認めになるのね?そのうえで、妻(おんな)を満足させられないから離婚するっておっしゃるのね!俺のモンはそんなモンじゃねえぞ、って組み伏せるくらいしてみなさいな!それもできないなんて、ちんぽも肝っ玉も、なんて小さな男なの!」
もはや絶叫に近かった。このまま殺されるかもしれないと思うと、全身の血がふつふつと沸き立った。


「抱きなさい! 抱いてみせなさい!」
首がきつく締まるのも意に介さず、佳代子は寝間着の釦に手をかけた。
「わたくしは女よ! 躾けられることができるのは、ちんぽ以外にあるものですか!」
首にかけられた手の力が弱まるのを感じると足で夫を押し返し、力尽くで寝間着を脱ぎ捨てる。下着はいつからか、身につけることをしなくなった。洗う手前が増えて仕方ないことと、破れてしまうことも多くなったからだ。
「わたくしはちんぽが欲しいのよ!」
尻餅をついた夫の上に跨り、夫の寝間着から荒々しくちんぽを掴み出す。膣は全く濡れておらず、鈍い痛みはあってもそれが行為の支障になることはなかった。


「ちんぽ! ちんぽ! ちんぽ!」


マサさんとの情事のように、へそで貝を結んでみせると、膣からは蛇口のように潮が溢れ、瞬く間に夫は射精した。そしてその刹那、夫は男の力で佳代子を押し倒し、無我夢中で腰を打ち付けるのであった。

 

凶暴な情事を終え、夫も佳代子も、肩で息をつきながら、気がつけば仲良くベッドの上に横たわっていた。


「ねぇ、なんだか私たち、今の状態がとっても好い関係でいられるのではないかしら?」

 

その翌日、佳代子はいつものようにマサさんとの情事を楽しんだ。普段と違う佳代子の様子に薄々感づいているのか、いつもより優しく、まるで親犬が子犬を慈しむような、心穏やかなひと時であった。
「ねぇ、マサさん。今日はどうしてそんなに優しいの?」
マサさんは、応接間のソファで佳代子を抱きしめた。
「なんだか、奥さんが、傷ついているように見えたから、かな。」
何度となく肌を重ねても、佳代子と呼ぶことはしなかった。マサさんなりの礼儀なのかもしれない。
「マサさん、続きはいつもと違う場所でしてみない?」
マサさんの腕を取り、階段を上がる。そういえば、マサさんは二階に上がろうとはしなかった。いつも必ず、それが例え台所や浴室であっても、一階で行っていたことを思い出した。 

 

寝室の扉を開けると、ベッドに縛り付けられた夫と目が合った。
「あら、貴方。今日はお体の調子が良くないのでしたわね。」
佳代子の唇の端が歪に歪むと、手を取られたまま硬直しているマサさんに向き直った。
「夫が見ている前で、してみたかったのよ。」
佳代子は、マサさんの前に跪き、生まれて初めてちんぽを口にした。直ぐに剛直となり、いつ見ても惚れ惚れするほどのちんぽに、佳代子は高揚を隠そうともしない。

夫は泣いていたかもしれなかったが、その粗末なちんぽからは汁が滴っていた。マサさんの精液が残る膣で、その雫を咥えると、腰を深く下ろした。


夫の射精を佳代子が堪能していると、呆然と見下ろしていたマサさんが、溜息をついた。
「悪いけど、俺は、間男じゃないんだ。そういうのがしたいんだったら、他の男を選んでくれないか。」
佳代子の耳にはその声は届かなかった。正気を無くしたちんぽから膣を離すと、虚ろな目で寝室を後にした。太腿からは、二人の男の精液が滴り落ちている。

 

 

後日、それから一年が経ち、佳代子は夫との屈折した情事を愉しんでいた。離婚の話もいつの間にか息を潜め、初めから何もなかったかのような、ありふれた時間だけが、ゆっくりと夫婦の間を流れていった。

 

いつものように夫を見送った後、ふと視界の端に緑色の物体が映った。まだ珍しいゴーヤが、籠の中に飾られていた。メモ書きのような、手紙のような小さな紙が、所在なさげに佇んでいた。

 

「うちの畑で採れたゴーヤです。よかったら召し上がってください。」

 

今日はマサさんが来る日だ。佳代子は胸の奥がじんわりと暖かくなるのを感じながら、夏の日差しに目を細めた。